国民的人気アニメ『ONE PIECE』において、海軍本部大将「黄猿(ボルサリーノ)」は圧倒的な実力と掴みどころのない性格で、読者に強烈な印象を与え続けています。
しかし、近年の放送や映画を見て、「あれ? 黄猿の声が昔と違う気がする」と違和感を抱いた方も多いのではないでしょうか。
その直感は、紛れもない事実です。
長年にわたり黄猿の「ねっとりとした不気味さ」を演じてきた初代声優は、すでにこの世を去り、現在は別の実力派声優がその意志を継いでいます。
アニメーションにおいて「声」とはキャラクターの魂そのものであり、その変更はファンにとって非常にセンシティブな問題です。
特に黄猿のような個性の塊のようなキャラクターであれば、なおさらその反動は大きくなります。
この記事では、なぜ黄猿の声優が交代することになったのか、その悲しい経緯と公式発表の事実を、時系列に沿って詳細に検証します。
また、後任となった声優が直面した「似てない」という批判の正体や、最新の「エッグヘッド編」で見せた演技の進化についても、徹底的に深掘りしていきます。
6000文字を超える詳細な解説を通じて、黄猿というキャラクターが歩んできた声の歴史を紐解いていきましょう。
黄猿の声優変わった?
まず最初に、事実関係を明確にしておきましょう。
アニメ『ONE PIECE』に登場する海軍大将・黄猿の声優は、初代の石塚運昇氏から、現在は置鮎龍太郎氏へと正式に交代しています。
この変更は、一時的な代役や体調不良による休養ではなく、完全な「引き継ぎ」として公式に処理されています。
変更が行われたのは2019年の春であり、それ以降のすべてのメディア展開(アニメ、映画、ゲーム)において、黄猿の声は新しい声優によって吹き込まれています。
インターネット上では「声優が変わった気がする」という疑問の声が散見されますが、それは気のせいではなく、制作体制の変更による決定事項なのです。
では、なぜこれほどまでに重要なキャラクターの声優を変更しなければならなかったのでしょうか。
その背景には、アニメ業界全体を悲しみに包んだ、ある訃報がありました。
初代声優:石塚運昇氏が作り上げた黄猿「どっちつかずの正義」
黄猿というキャラクターを語る上で、初代声優である石塚運昇氏の存在を無視することはできません。
彼が作り上げた演技プランは、原作の枠を超え、キャラクターそのものの性格形成に多大な影響を与えました。
ここでは、名優・石塚運昇氏がどのようにして「黄猿」という怪物を生み出したのか、その功績を振り返ります。
石塚運昇氏のプロフィールと圧倒的な存在感
石塚運昇氏は、福井県出身のベテラン声優であり、その深く渋みのある低音ボイスで数多のキャラクターを演じてきました。
劇団での活動を経て声優デビューを果たした彼は、当初は洋画の吹き替えを中心に活躍していました。
リーアム・ニーソンやローレンス・フィッシュバーン、ケヴィン・スペイシーといった、一癖も二癖もあるハリウッドスターの声を担当し、その演技力は高く評価されていました。
アニメ作品においても、彼の声は常に「威厳」や「頼りがい」、あるいは「底知れぬ恐怖」を象徴するものでした。
単に低い声が出るというだけでなく、その声に「哀愁」や「狂気」を瞬時に混ぜ込む技術は、業界でも随一と言われていました。
ONE PIECE以外の主な出演作品と演技の幅
石塚氏の凄みは、演じるキャラクターの幅広さにあります。
『ONE PIECE』の黄猿役以外にも、彼が担当したキャラクターはアニメ史に残る名役ばかりです。
『ポケットモンスター』シリーズ:オーキド博士
「そりゃそうじゃ!」や「ポケモン、ゲットじゃぞ〜」という、明るく親しみやすいオーキド博士の声は、石塚氏の代表作の一つです。
黄猿の不気味な声と同じ声帯から発せられているとは信じがたいほど、温かく包容力のある演技でした。
また、同作ではナレーションも担当しており、20年以上にわたって子供たちの冒険を見守り続けました。
『カウボーイビバップ』:ジェット・ブラック
ハードボイルドSFの金字塔である本作では、主人公スパイクの相棒であり、元警官のジェット役を好演しました。
盆栽を愛し、料理上手で、荒くれ者たちをまとめる「オヤジ」としての哀愁漂う演技は、海外のファンからも絶大な支持を得ています。
『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース』:ジョセフ・ジョースター
老いてなお盛んなジョセフ役では、コミカルな悲鳴からシリアスな決め台詞までを縦横無尽に演じ分けました。
「OH MY GOD!」の絶叫は、ネットミームとして定着するほどのインパクトを残しました。
石塚版「黄猿」における演技の特異点
石塚氏が演じた黄猿の最大の特徴は、その独特な「間」と「語尾」にあります。
黄猿のモデルは名優・田中邦衛氏であることが公言されていますが、石塚氏は単なるモノマネには留まりませんでした。
「もしも〜し」や「おっかしいねェ〜」といったセリフにおいて、語尾を必要以上に伸ばし、音程を不安定に揺らませることで、相手を小馬鹿にしたような態度を表現しました。
この演技は、黄猿が掲げる「どっちつかずの正義」という、何を考えているか分からない思想を見事に聴覚化していました。
また、戦闘シーンにおいては、その気の抜けた喋り方から一転して、ドスの効いた低音で「速度は…重さ」と呟くなど、緩急の付け方が絶妙でした。
このギャップこそが、海軍大将という存在の底知れぬ恐怖を視聴者に植え付けたのです。
【公式発表】声優変更の理由は石塚運昇氏の逝去
これほどまでにキャラクターと一体化していた石塚氏の声が変更された理由は、非常に悲しいものでした。
ここでは、当時の状況と公式発表の内容について、正確な情報を記述します。
食道がんとの壮絶な闘い
2018年8月13日、石塚運昇氏は食道がんのため、67歳という若さで永眠しました。
所属事務所である青二プロダクションの発表によれば、石塚氏は以前から病気療養中であったことが明かされています。
しかし、彼は「プロフェッショナル」としての矜持を持ち続け、体調の許す限り収録現場に足を運び続けていました。
亡くなる直前までマイクの前に立ち続けたその姿勢は、まさに生涯現役を貫いた職人の生き様でした。
業界全体に広がった喪失感
石塚氏の訃報は、アニメ業界のみならず、一般のニュース番組でも大きく報じられました。
『ONE PIECE』の原作者である尾田栄一郎氏も追悼のコメントを発表し、長年の功績を称えました。
また、麦わらの一味の声優陣をはじめ、多くの共演者がSNSやブログで悲しみを露わにしました。
特に、長年共演してきた田中真弓氏(ルフィ役)や大谷育江氏(ピカチュウ役)らのコメントからは、石塚氏がいかに現場で愛され、頼りにされていたかが伝わってきました。
ファンの間でも「黄猿の声は石塚さん以外考えられない」「もうあの『おっかしいねェ〜』が聞けないのか」といった、喪失感を吐露する投稿が溢れかえりました。
二代目声優:置鮎龍太郎氏のプロフィールと抜擢の背景
偉大な先代の後を受け継ぐという重責を担ったのが、二代目声優の置鮎龍太郎氏です。
彼はすでに『ONE PIECE』の作品内で別の重要な役を演じており、その実力は折り紙付きでした。
ここでは、置鮎氏の経歴と、彼が抜擢された理由について分析します。
置鮎龍太郎氏の経歴と「イケボ」の代名詞
置鮎龍太郎氏は、1969年生まれの福岡県出身の声優であり、青二プロダクションに所属しています。
彼の声質は「バリトンボイス」と評されることが多く、都会的で洗練された響きを持っています。
90年代から第一線で活躍しており、クールな二枚目から熱血漢、冷酷な悪役、さらにはコミカルなキャラクターまで、演じられない役はないと言われるほどの芸達者です。
その滑舌の良さと安定した演技力は、アニメ業界において絶大な信頼を得ています。
ONE PIECE内での「カク」との兼役問題
特筆すべきは、置鮎氏が黄猿役に就任する以前から、CP0(サイファーポール・イージスゼロ)の「カク」を担当していたという点です。
カクは、かつてCP9としてルフィたちと死闘を繰り広げた強敵であり、現在はCP0として再登場しています。
CP0も海軍大将も、共に「世界政府」側の組織に属する人間です。
通常、同じ陣営の主要キャラクターを同じ声優が兼任することは、視聴者の混乱を招くため避けられる傾向にあります。
しかし、あえて置鮎氏が起用された背景には、「黄猿という特殊な演技を継承できる技術を持った声優が彼しかいなかった」という制作側の判断があったと推測されます。
カクの「老人口調(〜じゃ)」と、黄猿の間延びした口調は全く異なるため、演じ分けが可能であると判断されたのでしょう。
ONE PIECE以外の主な出演作品
置鮎氏もまた、数々のヒット作で主要キャラクターを演じています。
『BLEACH』:朽木白哉
護廷十三隊六番隊隊長・朽木白哉は、置鮎氏のクールな声質が最大限に活かされたキャラクターです。
貴族としての高貴さと、掟を守る冷徹さを併せ持った演技は、多くのファンを魅了しました。
『テニスの王子様』:手塚国光
中学生離れした実力と貫禄を持つ青春学園テニス部部長・手塚国光も、彼の代表作です。
「油断せずに行こう」というセリフはあまりにも有名であり、キャラクターソングも大ヒットを記録しました。
『SLAM DUNK』:三井寿
「安西先生…バスケがしたいです」というアニメ史に残る名台詞を残した三井寿も、若き日の置鮎氏が演じています。
不良から更生し、挫折を乗り越えていく情熱的な演技は、現在の落ち着いた役柄とはまた違った魅力を放っています。
【検証】黄猿の声優はいつから変わった?具体的な話数と作品
では、アニメ本編において、実際に黄猿の声が石塚氏から置鮎氏へ切り替わったのは、具体的にどのタイミングだったのでしょうか。
ここでは、交代が行われた正確な時期と、関連作品について整理します。
アニメ本編:第881話からの交代
テレビアニメ版『ONE PIECE』において、置鮎龍太郎氏による黄猿が初めてお披露目されたのは、**2019年4月21日に放送された第881話「動き出す 執念の新元帥サカズキ」**です。
この時期のストーリーは「ホールケーキアイランド編」が終結し、世界各国の王族が集う「世界会議(レヴェリー)」へと向かう移行期間でした。
新元帥となったサカズキ(赤犬)が海軍本部で苛立ちを見せる中、黄猿が登場し、四皇の接触を危惧する会話を交わすシーンがあります。
ここで初めて、視聴者は新しい黄猿の声を聞くことになりました。
石塚氏の最後の出演回からしばらく期間が空いていたこともあり、放送当時はSNS上で大きな話題となりました。
劇場版作品での引き継ぎ
映画においても、2019年8月に公開された劇場版第14作『ONE PIECE STAMPEDE』からは、置鮎氏が黄猿役を担当しています。
この作品では、海賊万博に集まった最悪の世代を一網打尽にするために黄猿が登場し、圧倒的なレーザー攻撃を見せつけました。
さらに、2022年公開の大ヒット作『ONE PIECE FILM RED』においても、物語のクライマックスで重要な役割を果たしています。
シャンクスと対峙し、市民への攻撃を躊躇なく行おうとする冷徹な姿は、置鮎版黄猿の「怖さ」を印象づけるシーンとなりました。
黄猿声優「似てない」「違和感がある」と言われる本当の理由
Google検索のサジェストには、「黄猿 声優 ひどい」「似てない」「下手」といったネガティブなキーワードが表示されることがあります。
しかし、これは断じて置鮎氏の演技力が低いからではありません。
プロの声優である彼が、あえて「似せよう」と努力しているにも関わらず、なぜ視聴者は違和感を覚えてしまうのでしょうか。
その原因を、音響的・心理的な側面から分析します。
理由1:声に含まれる「ノイズ成分」の違い
最も大きな要因は、声質の根本的な構造の違いです。
初代・石塚運昇氏の声には、生まれつき独特の「濁り(ハスキーなノイズ)」が含まれていました。
このザラついた成分が、黄猿というキャラクターの「中年男性の脂っこさ」や「胡散臭さ」を自然に醸し出していました。
一方で、置鮎龍太郎氏の声は、非常にクリアで「倍音成分」が豊富な、いわゆる「通りの良い綺麗な声」です。
置鮎氏は演技で声を潰し、低いトーンを出していますが、ベースにある「声の透明感」はどうしても消すことができません。
視聴者の耳には、無意識のうちにその「綺麗さ」が届いてしまい、「なんだか黄猿が若返った気がする」「妙にカッコよすぎる」という違和感に繋がっているのです。
理由2:演技プランの微細な差異
演技の解釈においても、両者には微妙な違いが見受けられます。
石塚版黄猿は、語尾を伸ばす際に、音程がだらしなく下がるような「脱力感」を強調していました。
これにより、「やる気があるのかないのか分からない」というキャラクター性が際立っていました。
対して置鮎版黄猿は、同じように語尾を伸ばしていても、どこか「知的で計算高い」ニュアンスが含まれています。
だらけているように見せて、実は鋭く状況を観察しているような、エリート官僚的な冷たさを感じさせる演技です。
この変化により、黄猿というキャラクターが「得体の知れないおじさん」から「クールで冷酷な実力者」へと、わずかにシフトした印象を視聴者に与えています。
理由3:聴覚的記憶の固着(単純接触効果)
心理学的な側面から見れば、これは「単純接触効果」の影響も大きいと言えます。
20年近くにわたり石塚氏の声を聞き続けてきたファンにとって、その声こそが「黄猿の定義」として脳内に深く刻まれています。
たとえどんなに似ている声優が担当したとしても、脳内の記憶とわずかでもズレが生じれば、脳はそれを「異物」として認識し、違和感というアラートを鳴らします。
つまり、当初の「似ていない」という反応は、長年のファンであればあるほど避けられない生理現象であり、時間の経過とともに解消されていく類のものなのです。
エッグヘッド編で確立された「置鮎版・黄猿」の新たな魅力
当初は違和感を指摘されることもあった置鮎版黄猿ですが、物語が最終章「エッグヘッド編」に突入したことで、その評価は劇的に変化しつつあります。
この章において、黄猿はかつての友人であるDr.ベガパンクを抹殺するという、辛い任務を背負うことになります。
ここで見せた置鮎氏の演技が、多くの視聴者の心を揺さぶりました。
「社畜」としての悲哀と葛藤
エッグヘッド編での黄猿は、単なる敵役ではありません。
親友であるベガパンクや、かつて面倒を見た戦桃丸、ボニーといった近しい人々を、自らの手で排除しなければならない立場に追い込まれます。
置鮎氏は、普段の飄々とした口調の中に、わずかな「迷い」や「苦しみ」を滲ませる繊細な演技を披露しました。
特に、サングラスの奥で涙を堪えているかのようなシーンでの、声を震わせないように努める抑制の効いた芝居は絶品でした。
石塚氏が作り上げた「何を考えているか分からない黄猿」に対し、置鮎氏は「感情を押し殺して任務を遂行する黄猿」という新しい側面を付与することに成功しました。
ファンからは「今の黄猿の苦悩は、置鮎さんの悲壮感ある声だからこそ響く」「このエピソードで完全に新しい黄猿として受け入れられた」といった称賛の声が上がっています。
ギア5(ニカ)との激闘とスピード感
戦闘シーンにおいても、置鮎氏の持ち味である「鋭さ」が活きています。
ルフィの新たな姿「ギア5(ニカ)」との戦いでは、光の速さで縦横無尽に飛び回るスピード感が描かれました。
置鮎氏のクリアで通りの良い声は、レーザーの鋭い効果音や高速移動の演出と非常に相性が良く、バトルアニメとしての爽快感を高めています。
「どっちつかず」で遅かった黄猿が、本気を出して「速く」動く瞬間の切り替えは、置鮎版ならではのカッコよさと言えるでしょう。
黄猿声優変わった?:まとめ
本記事では、黄猿の声優変更について、その経緯から演技の分析まで、6000文字以上にわたり詳細に検証してきました。
最後に、これまでの内容を総括します。
- 事実確認:黄猿の声優は、初代・石塚運昇氏から二代目・置鮎龍太郎氏へ変更されている。
- 変更の理由:2018年の石塚氏の逝去による、やむを得ない交代であった。
- 変更の時期:アニメ第881話(2019年4月)から正式に切り替わった。
- 違和感の正体:石塚氏の「濁りのある声」に対し、置鮎氏の声が「クリアで綺麗すぎる」ことによる音響的な差異が原因。
- 現在の評価:エッグヘッド編での「苦悩する黄猿」の演技が高く評価され、置鮎版としての新しいキャラクター像が確立された。
石塚運昇氏が命を吹き込み、圧倒的な存在感を与えた黄猿。
そして、そのバトンを受け取り、プレッシャーの中で新たな深みを与え続けている置鮎龍太郎氏。
二人の名優のリレーによって、ボルサリーノというキャラクターは、より立体的で魅力的な存在へと進化を遂げています。
違和感を感じていた方も、ぜひこの機会に「声」の裏側にあるドラマに思いを馳せながら、最新のアニメや映画を見返してみてください。
そこには、亡き先代へのリスペクトと、キャラクターと共に生きる現役声優の覚悟が聞こえてくるはずです。
